はつもうで

年始、静かな住宅街。
ふだんは浴びられない、やわらかな日差し。
初詣に向かう人々は、何を想ってそんな笑顔になれるのだろう。
わたしは年始が嫌いだ。
地続きの人生は去年から今年を抜けて、来年へと続いてしまうわけで。
ただの通過地点なのに、みんな警戒心なくこころをまっさらにする。
そのそらぞらしい雰囲気が、苦手なのだ。
だからわたしは毎年、年始にどす黒いヘドロを吐き出す。
ネガティブな感情もそうだし、暴飲暴食や惰眠もそう。
みんながまっさらになれるのを後目に、黒いものをなんとか出し切ろうとする。
そうやって空っぽになっても、仕事始めの会社に行く足は重い。
黒いものがなくなって白くなるわけでもなく、よどんだ気持ちはそのままだ。
ホームに立っても電車に乗れず、硬く冷たい駅の椅子でうなだれていた。
なんとか遅刻しないように、年始は2時間前くらいに家を出る習慣がある。
それで、今年。
退職して一年経って、内臓から黒いものは出てこない。
顔の筋肉がこわばっていない。
家族の前で道化を演じなくていい。
無表情のまま日本茶を飲む。
晴天の元旦。
ひとり、初詣の列に並び、周囲の声に溶ける。
「何礼だっけ?パンパンってやつ、毎年忘れるわ」
「ねえねえこの前さあLINEで送ってくれたやつあるじゃんか…」
「おばあちゃん、おばあちゃん」
重なり合う声を聴く。
幻なんかじゃなくて、これが彼らの日常。
「どうぞ」
声をかけられて、は、と我に返る。
目の前に荘厳な“何か”がいる、奥行きがすとんと広がっている。
いつのまにか、列の最前へと私は進んでいた。
ちゃりん、ちゃりん。
小銭と共に穢れを投げ入れる。
てのひらを合わせるが、言葉が浮かばない。
願い事なんて何一つないです。
私、ただ、来年も。
それは、まっさらなきもちだった。
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