『劇場版呪術廻戦0』先行上映レビュー/さまざまな形で継がれる愛にあふれた必見の映画でした

作品レビュー

12月24日深夜0時『劇場版呪術廻戦0』の先行上映が行われました。クリスマスイブのこんな時間に映画を観にきちゃう、呪術廻戦への愛情があふれてやまない猛者たちとともに大画面で彼らの勇姿を拝んできました。まずお伝えしたいのは、「大丈夫です、期待通り……いや期待を超えます」の一言。

本記事は「呪術廻戦の映画、観にいこっかなあ?観に行って後悔しない?」と悩んでいる方、または「観に行くことは決めたけど予定が合わないからまだ観られてないのさ、ちょっくらレビューでも読んで気もちを高めておきたいわ」という方に向けて書きます。ネタバレについては配慮していません。もし原作未読であらすじを知らず、かつ事前情報を入れたくないのであれば、ここでバックしてください。

ただただ愛情こぼれまくりなだけなんで内容薄いかもですが、どぞ!

劇場版呪術廻戦0とは―あらすじ―

劇場版呪術廻戦0』が描いているのは漫画『呪術廻戦 0 東京都立呪術高等専門学校』の内容で、虎杖悠仁の物語(本編)より1年前の出来事です。

主人公の乙骨憂太は、幼少期に婚約を交わしたものの交通事故で命を落とした幼馴染・里香の呪いに憑かれている少年です。里香の強大な呪いによって過度に護られている乙骨は、周囲を傷つけないため、社会と自分の関わりを断絶しようとします。そんな乙骨に手を差し伸べたのが、呪術高専の教師・五条悟。呪いの力を御すことで人を救えると五条から言われた乙骨は、呪術高専に行くことを決断します。

原作に忠実な構成×魅せるバトルシーン、ファン想いの神作品

『劇場版呪術廻戦0』は、里香や呪術高専で出会う友たちへの乙骨の感情を動機とし、テンポ良く物語が進んでいきます。原作にめちゃくちゃ忠実な構成で、登場人物たちの個性がにじみでる学校生活のセリフやシーンもほぼ全部拾ってくれています。緩急つけつつ飽きさせないリズムの良さは、さすがの一言。

そこに映画だからこそ描ける圧巻のバトルシーンを掛け算しているのですが、これがまた凄まじく良くて……。観劇直後に原作のバトルの立ち回りを見返したのですが、「このシーン、こっちのカメラワークで抜いてほしい」みたいな読者の欲望を全部今回の作品で叶えてくれたんだな、と痛感しました。しかも主要人物全員、ほんと全員が、ちゃんとスポットライト浴びてめちゃくちゃカッコよく描かれます。最高。キャラクター一人ひとりのファンへの優しさを感じました。(※京都組が好きな人たちもぜひ!)

あと、映画館で観たほうがいいぞと推したい理由としては、里香ちゃんの迫力があります。「呪いの女王」と言われるにふさわしい圧倒的存在感、これは大画面と臨場感のある音で堪能してほしい。里香ちゃん完全顕現のシーンは鳥肌もんです。

そして、ただ映像の良さでぶん殴ってくるタイプの脳筋作品ではない、というところも付け加えておきたいです。乙骨が自立への道をたどる成長物語でもあるし、あらゆるマイノリティたちの葛藤を描いたドラマでもある。どこに共感するかは人それぞれとして、観終わったあとはきっと皆さんにいい感覚の“爪痕”が残ります。

はい!ここまでが、「感動したよ~!」のご報告でした。皆さんぜひ、映画館で本作をチェックしてくださいね!

そして、ここからは主観がめちゃくちゃ入る考察や感想なので、そういうのが好きな方か、すでに一度劇場版呪術廻戦0を観た方向けです。大丈夫な方はどうぞ~。

乙骨ってシンジくんだったんだ!!

乙骨役を演じるのが新世紀エヴァンゲリオンのシンジ役を務めた緒方恵美さんであることはもう周知の事実かとは思いますが、改めて作品を観てみると「いやまて、そもそも乙骨ってシンジくんのオマージュだったんじゃね?」と思い至ります。

乙骨はもともと呪術高専を選び取ったわけじゃなくて、意図せず強大な力をもって巨大な物語に巻き込まれますよね。しかもその力(里香ちゃん)への向き合い方にも主体性がない。改めて緒方さんの声でその冒頭シーンを体感すると、そんな主体性のない乙骨をろくな説明もせず呪術高専にぶちこんで渦に巻き込む五条先生は「シンジ、エヴァに乗れ」って言うアレじゃん、と思います。

で、ろくな動機もない乙骨がしっかり動機や主体性がある真希さん(ほのかなアスカみ)に出会い、のっけから「おまえマジで何しに来たんだ!」と叱られて。出てくる答えが「生きてていいって自信が欲しい」なんですよね。誰かを救うために強大な力を御すという大義的な視点が抜け落ちて、あくまで自己肯定という超個人的理由で力を開放する感じ、めちゃくちゃシンジみを感じませんか……?

そして、原作ではほとんど意識していなかったけれど、里香ちゃんが交通事故に遭うのを目の前で見てしまった乙骨が心の中で叫んでいるセリフ、「死んじゃダメだ、死んじゃダメだ、死んじゃダメだ」。これ、音で聴いて初めて「!!!!これ!!!!『逃げちゃだめだ』じゃん!!!」とアハ体験しました。一緒に鑑賞したエヴァ好き旦那によると、他にもオマージュと思えるセリフがあるそうです。

そう考えると、基本的に全員が黒の制服を着た呪術高専の学生たちの中で、唯一乙骨だけが白い服着てる理由もシンジくんオマージュなんじゃないか、と思えてきます。さらに五条先生が学校幹部のジジイたちに立ち向かうシーン、あれこの形状、考えてみればゼーレじゃね?って思えてきて。そして、そのときだけわざわざ普段の白布から黒いサングラスに衣替えする五条先生。考えすぎかな……でもめちゃくちゃ重なるよね……。

そして極めつけが、乙骨VS夏油のクライマックスシーンで、彼らがなんのために戦うのか端的な言葉で表しあったシーンが、あの名言ですよ。「純愛だよ」と、「ならばこちらは大義だ」です。私的かつ説明のつかない感情を源に戦う乙骨と、社会の是正のために「選民」を推し進めようと戦う夏油。全体正義のために夏油は乙骨(と仲間たち)の”個”を犠牲にすることを選びますが、乙骨は夏油の正義を「僕にはわからない」と跳ね返し、友情や愛情、その先にある自己肯定のために全力で戦うことを選びます。このふたつのぶつかり合いこそが、この作品のテーマなんですよね。

私はエヴァンゲリオンをそこまで深く観ていないのでエヴァ側の視点からは深く考察できないのですが、ここで緒方恵美さんをキャスティングしたのには明確な意図があると思うんです。「声がシンジくんと重なりすぎて無理~」という意見も飛んでいるようですが、それはたぶん制作側の意図なんじゃなかろうか。ちゃんとダブらせたいんだと思う。大義(=社会)のための戦いに巻き込まれる少年(=自己)が葛藤し、自身が戦う(=生きる)意味を模索する物語の、平成版と令和版を。

継がれる友情、それもまた愛の形

本作は乙骨と里香ちゃんと同じくらいの重さで、乙骨と呪術高専一年生(真希、棘、パンダ)の間で築かれる友情を描いています。というか里香ちゃんは自己の一部で乙骨自身でもあるので、事実上初めて乙骨が他者を護ろうと思うきっかけを与えたのは彼らです。なので、呪術高専一年生は乙骨にとっていわば世界との接点なわけですよね。

乙骨は真希や棘のようにそれぞれ痛みや生き辛さを抱えてきた仲間たちから、他者を理解すること、他者に寄り添うことを学んでいきます。そして、そんな学びをくれた友をリスペクトするからこそ、彼らを虐げ、傷つけた夏油と戦う覚悟を決めます。

こんな短い物語の中で、よくぞ「友」がくれるもののほぼすべてを描いてくれたな、と思います。友はあらゆる強みや弱みをもつ人間がこの世界にいることを知る契機であり、それを許したり、認めたり、尊敬したりすることを教えてくれる唯一の存在です。笑いあい、鍛錬し、苦難を乗り越えるなかで、この人のためなら、あるいはこの人と共になら戦えるという勇気と自信をくれます。友情って、恋愛とはまた異なる形の愛なんですよね。

そして友情について語るなら絶対外したくないのが、五条先生と夏油です。五条先生は夏油を「唯一の親友」と表しているし、最期の最期まで彼を呪いませんでした。五条先生と夏油の間でもまた、この作品では描かれない時間の堆積があって、五条先生は夏油からたくさんの感情を学んだのでしょう。

五条先生が学校の裏に潜む政治悪の矢面に立つ原動力は、学生たちの“青春”を護ることにあります。五条先生は圧倒的強者でありつつも、その力を学生たちの成長という一点に絞って行使している不思議な人です。かといって過保護に学生の命を護るというわけでもないので、どちらかと言えば学生たちが命を賭してでもその瞬間得られる“経験”を重んじているように見えます。

五条先生がなぜそういう行動原理を築いたのか考えると、きっとね、夏油(と硝子さん)との青春が自分にくれたものが、彼のアイデンティティにめちゃくちゃ良い影響を与えたからなんですよね。五条先生の中には、ずっと夏油が生きてるんだよ。あ、ごめん泣けてきた。

呪術を扱える才があったり、自己が強く不器用だったりして生きづらさを感じてきた学生たちにとって、友情がどれほど価値あるものか、五条先生は実体験を通じて知っている。だからそれを全力で護りたいし、友情という形の愛を後世に継いでいきたいんだと思います。もうこれ以上、誰も呪い合わなくていいように。これは五条先生に対する偏愛が紡いだ妄想に近いものだから、あくまでひとつの解釈ということで……。

King Gnuがいい仕事をしすぎている

はい、音楽についても語りたいです。アニメ版のときから最高の主題歌で作品の世界観をバシッと表してきた呪術廻戦シリーズですが、劇場版はもう、超越している。領域展開。

主題歌『一途』の歌詞、読んでください。朗読してください。サビなんてほぼ乙骨のセリフと感情まんまですよ。こんなに乙骨にシンクロしていいんですかってくらい乙骨ソングです。そして曲全体に散りばめられた「理由なんて必要はないの」、「正しさを振りかざさないで」、「矛盾だらけ」という言葉たちは、乙骨の動機や、夏油の思想に対する反発なんだろうなという気もして。かつ呪術廻戦のバトルに合うテンポ感、世界観を意識した音づくり。すばらしいよな。

そしてね、24日当日ちゃんと公式リリースされてたから書くけど、エンディングの『逆夢』もいいぞおおおお!!先行上映時はまだ知らなくて、「『一途』くるんだろうな~」と思いきや違う曲が流れ始めたからびっくりしましたよ。

『一途』が乙骨のカッコいいシーン、覚悟をハイライトした曲だとすれば、『逆夢』は乙骨の本音、里香ちゃんへの恋情を美しく描いた曲という感じです。対象的な表現だけれど、どっちも乙骨。

逆夢って、夢で見たことの反対の出来事が現実で起こる事象を指すんですね。初めて知りました。でもそれってすごく悲しい。だって、夢に見たことって、夢に見るくらい強く願っていること、本心じゃないですか。それを現実でひっくり返されるのって、耐えがたい痛みを伴うことだなって。でも、この曲はその痛みさえ包括して、夢で捉えた“あなた”の像を慈しんでいます。「正夢でも、逆夢だとしても」って。あああああああ。泣いちゃう。ごめん、もうだめだ。泣いちゃうわ(何度目)。ありがとうKing Gnu、音楽の中で乙骨と里香ちゃんの物語をこんなに深く描いてくれてほんとうにありがとう。もともと大好きだったけれど、もう今回の好きさは振り切ってしまいました。2曲とも延々リピートで聴きますね。

『劇場版呪術廻戦0』、観てね!!

こんなトゥーロングな偏見感想を最後まで読んでくれてありがとうございました!ほんっといい作品だよね呪術廻戦。ほかにも「自己の一部としての里香ちゃん、愛情の本質」とか「呪いは想いという観点から考える1on1型の乙骨×里香ちゃんと、不特定多数を呑み込む夏油の比較」とかめっちゃ色々あふれてたけど、それは映画じゃなくて原作の考察にも重なるかもしれないので、一度ここで締めます。

今回映画鑑賞を振り返って言語化して思ったのは、とにかく愛にあふれた作品だな、ということです。乙骨と里香ちゃんの間にある、呪いといにまで至る不滅の愛はもちろん、呪術高専における友情という形の愛、過去から継がれていく愛。そして、これを作ってくださったスタッフの皆さまが原作に寄せている愛、アーティストとしてKing Gnuが音楽に変換した愛。もうすごい愛にあふれてる。そういう作品を観られる幸せって、もう無限大だよね。

私がガチャガチャ書いたことは置いておいて、とにかくいろんなメッセージを受け取れる作品だし、映像も音も最高だから、ぜひ観てください!ビッグラブ!!

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