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一木けい「1ミリの後悔もない、はずがない」感想ーー青春と恋の光と影を、時を経て継がれる物語から描く傑作短編集

作品レビュー

一木けいさんの「1ミリの後悔もない、はずがない」は、第15回R-18文学賞読者賞受賞作である「西国疾走少女」と、共通の登場人物たちのその後の物語を描いた四編が収録された短編集だ。

冒頭の「西国疾走少女」で描かれるのは、主人公・由井と桐原の中学時代の恋だ。惹かれ合う純粋な二人の感情にスポットがあたればあたるほど、その影に潜む問題が浮かび上がる。経済格差、家庭環境の違い、そこから生じる選択肢のない道。唐突とも思えてしまう結末を初めて読んだときは、この物語の外にある出来事に対する想像と感情があふれ、なんとも形容し難い余韻が消えてくれなかった。

そこからページをめくると、今度は由井の友人・ミカへと視点が継がれ、成人後にスポットをあてた新しい物語が始まる。以降、読者は「西国疾走少女」では描かれなかったパズルのピースを拾い集めていくように、ほかの人物たちの視点から由井の人生を追体験していく。

由井と桐原の恋だけでなく、この一冊の中にはいくつもの恋の形が描かれている。恋い慕う想いに終わりを告げる、想いを失う、想いを捨てて後悔する。あらゆる恋の熟し方が描かれる中で、特に私が印象的だったのは、「潮時」の中に出てくる一節だ。なお、「潮時」は桐原に片思いをしていた加奈子の主観で描かれている。

絶望には二種類ある。何かをうしなう絶望と、何か得られない絶望。
私の絶望はいつも後者で、手に入らないものを渇望するのは、本当に屈辱的なことだと思った。
(中略)
でも、と私は思う。何かを得られない絶望の方が、断然マシだ。すでにあるものをうしなう痛みよりは。
うしなうのは怖い。自分の平和な今が、一瞬にして変わってしまうことだから。大事なものをなくしたときにする後悔は、どこまでも底なしに深いだろう。その暗闇はきっと私をのみこんでしまう。いつかうしなうくらいなら、手の届かないものを望んだりしない方がいい。

一木けい『1ミリの後悔もない、はずがない』新潮社、2020年、142頁

この絶望への対峙の仕方こそ、本作のもうひとつのテーマなのではないか、と思い至る。

主人公の由井は、聡く、美しい女性だと思う。中学時代の主観をなぞっていてもそう思わせるほど、達観していて、成熟している。この魅力の根源はなんなんだと考えてみると、由井はとにかく絶望や喪失を受け止める覚悟がある人なんだな、と気づく。彼女の家庭環境に絶望が浸透しているのも要因の一つなのだろうが、彼女自身が失う覚悟をできる人だからこそ、最終的に彼女なりの幸福をつかみとっていく。

一方、由井の対極にある加奈子の物語は、読んでいて胸が痛くなる。後悔しないために、失わないために安全なルートをたどってきたはずが、振り返れば結局たくさんの後悔や失敗が重なってしまっている。もう戻れない。それこそ、加奈子の物語のほうがよっぽど大きな絶望を感じる。

熱く透明な想いが凝縮された青春、恋。それが時間経過や環境変化から力を加えられることで変わってしまったことを知ったときの絶望、あるいは希望。そういうものを、この一冊はほろ苦く描いている。たとえ幸せな結末を迎えたとしても、少しの影を残す一木さんの作風が好きだ。一点の影もない人間も人生もないことを思い出させてくれる。

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